大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和59年(ワ)12246号 判決

原告(反訴被告)

和久田建設株式会社

右代表者代表取締役

和久田昭三

原告(反訴被告)

株式会社橋本建設

右代表者代表取締役

橋本建固

右両名訴訟代理人弁護士

山田齊

鶴見祐策

被告(反訴原告)

日総リース株式会社

右代表者代表取締役

根本勝

右訴訟代理人弁護士

西川道夫

山野一郎

主文

一  左記各契約に基づく原告(反訴被告)らの被告(反訴原告)に対する保証限度額を金五億五〇〇〇万円とする保証債務の存在しないことを確認する。

1  原告(反訴被告)らと被告(反訴原告)間で締結された、被保証債務を本田悦郎及び松尾和弘の被告(反訴原告)に対する昭和五三年一〇月一三日付不動産割賦販売契約に基づく割賦代金債務とする同日付債務保証契約

2  債権者被告(反訴原告)、債務者本田悦郎及び松尾和弘並びに債務引受人志田正夫間で締結された右1記載の被保証債務を客体とする昭和五五年六月一二日付債務引受契約

二  被告(反訴原告)の原告(反訴被告)らに対する反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は本訴反訴を通じ、被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 主文第一項同旨

2 訴訟費用は被告(反訴原告)(以下「被告」という。)の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告(反訴被告)(以下「原告」という。)らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 原告らは、被告に対し、各自金五億五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一一月二日から支払済みまで日歩五銭の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二  当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 被告は、原告らに対し、左記各契約に基づく保証限度額を金五億五〇〇〇万円とする保証債権を有すると主張している。

(一) 原告らと被告間で締結された、被保証債務を本田悦郎(以下「本田」という。)及び松尾和弘(以下「松尾」という。)の被告に対する昭和五三年一〇月一日付不動産割賦販売契約に基づく割賦代金債務とする同日付債務保証契約

(二) 債権者被告、債務者本田及び松尾並びに債務引受人志田正夫(以下「志田」という。)との間で締結された右1記載の被保証債務を客体とする昭和五五年六月一二日付債務引受契約

2 よつて、原告らは、被告に対し、右債務の存在しないことの確認をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2は争う。

三  抗弁

1 被告は、昭和五三年一〇月一三日、本田及び松尾に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を左記の約定にて売却した(以下「本件割賦販売契約」という。)。

(一) 被告は、本田及び松尾の特注に基づき本件建物を建築し、これを売渡す。

(二) 代金 金一二億五四一万二九一二円

(三) 支払方法 昭和五四年一二月三一日から昭和六四年一一月三〇日までの一二〇回の割賦払とし、割賦金は、本田及び松尾が共同して振出す約束手形で、本件割賦販売契約締結時に一括して、被告に対し振出し交付する。

(四) 期限の利益の喪失 本田及び松尾が振出した右約束手形が不渡りとなつたとき又はそのおそれのあるとき等

(五) 遅延損害金 期限の利益を喪失した日から日歩五銭の割合による金員を支払う。

2 原告らは、昭和五三年一〇月一三日、被告に対し、本件割賦販売契約に基づく本田及び松尾の被告に対する割賦販売代金債務のうち、金五億五〇〇〇万円について、連帯保証する旨約した(以下「本件保証契約」という。)。

3 昭和五五年六月一二日、志田正夫(以下「志田」という。)が、本田及び松尾の被告に対する本件割賦販売代金債務を免責的に引受け、被告は、これを承諾した(以下「本件債務引受契約」という。)。

4 同日、原告らは、右本件債務引受契約に同意した。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実は否認する。

(一) 昭和五三年一〇月一三日、発注者を本田及び松尾、請負人を原告ら、代金支払義務者を被告として、次の約定のもとに、本件建物を建築することを目的とする請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。

(1)工事場所 熊本県上益城都益城町広崎字松山峠地内

(2)工期 着手 昭和五三年一〇月一五日

完成 昭和五四年五月三一日

(3)請負代金 金五億五〇〇〇万円

右契約に基づき、本件建物は、発注者たる本田及び松尾が、建物完成と同時に所有権を取得したのであり、被告がその所有権を取得する余地は全く無かったのであるから、被告が、本田及び松尾に、本件建物を売却することはあり得ない。

(二) 本件割賦販売契約締結について、売主の被告も、買主の本田及び松尾も、右契約によつて本件建物を売買する効果意思を欠如していたから、法的効果は生じない。

2 同2の事実は否認する。

被告が、原告らに対し、本件請負代金支払いのため、銀行からその資金の借入をする必要上、期間五年の名目的又は形式的な保証を要請し、原告らはこれに協力したものであつて、保証する効果意思を欠如していたから、法的効果は生じない。

3 同3の事実は否認する。

4 同4の事実は否認する。

被告が、期間五年の名目的又は形式的な保証の継続を要請したので、原告らは、これに応じただけであり、保証する効果意思を欠如していたから、法的効果は生じない。

五  再抗弁

1(抗弁1に対する)

本件割賦販売契約については、売主の被告と買主の本田及び松尾のいずれもが、その真意は、諾成的金銭消費貸借契約の締結であつて、本件建物の売買ではないから、虚偽表示であり、無効である。

2(抗弁2に対する)

(一)(虚偽表示)

原告らと被告は、本件保証契約を締結するに際し、いずれも、被告が銀行から融資を受けるのを容易にする目的だけの外形的又は名目的なものであつて、これによつて原告らが被告に対して真実保証債務を負担し、被告が原告らに対して負担させる意思がないのに、その意思があるもののように仮装することを合意したものであり、無効である。

(二)(詐欺取消)

(1) 被告は、原告らに対し、本件保証契約締結の際とそれに先立つ昭和五二年一〇月ころ及び同五三年六月ころ、真実は保証債務を負担させる意思であるのに、本件保証は被告が本件請負代金資金を銀行から借入れるのを容易にするための外形又は名目だけであつて、被告は決して保証債務の履行を請求しない旨偽つて原告を欺き、その旨誤信させたうえ、右契約を締結させた。

(2) 原告らは、被告に対し、昭和五八年八月三一日到達の内容証明郵便で本件保証契約を取消す旨の意思表示をした。

(三)(錯誤無効)

原告らの前記(二)(1)記載の誤信は要素の錯誤にあたるから、無効である。

(四)(公序良俗違反)

以下に述べるような事情から明らかなように、本件保証契約は、被告が本件建物の実質的発注者であるという優越的地位を利用し、原告らの法的無知・無経験につけこんで、著しく信義則に違背する詐欺的手段を用いて、原告らに本件請負契約によつて受ける利益と甚だしく均衡を失する重大な危険を課す反面、被告が不当な利益を確保し、実質的に自ら主体として開始・遂行した事業の危険負担を原告らに転嫁させるものであるから、公序良俗に反し無効である。

(1) 昭和五二年暮ないし同五三年初ころ、被告は、所要資金を全額単独で出資するほか、企画・設計をコンサルタント会社の株式会社エースエンジニアリング(以下「エース」という。)に開設・診療医師の誘致と病院敷地の手配を永浜弘敬(以下「永浜」という。)にそれぞれ委嘱して、病院の建設事業を実施することを計画し(以下右病院を「敬厚病院」という。)、右計画に従い、敬厚病院の開設医師に本田及び松尾を誘致し、発注者を形式上右両名として、敬厚病院の建物すなわち本件建物の建設工事を原告らに請負わせることとした。なお、右両名は請負工事代金を自ら調達して支払う能力はなく、資金を単独で両名に融資する被告が実質的な発注者である。

(2) 原告らは、熊本県の建築業者であるが、同県の建築業界は、年間完成工事高が一〇〇億円を越す企業がなく、一〇億円から五〇億円の間に約三〇社がひしめいており、原告和久田建設株式会社(以下「原告和久田建設」という。)は三〇億円強であり、原告株式会社橋本建設(以下「原告橋本建設」という。)は一二億円強であり、又同県の産業は農業が主体のため工事需用が少ないうえ、大型工事は県外の大手企業が受注することが多く、同県の建築業者は厳しい競争を余儀無くされている。

(3) 建設業は典型的な受注産業であつて、原告らの企業規模では多くの場合建設業者よりも発注者の方が優越した地位に立ち、特に本件のように発注者が特定の業者を指名して受注させる特命契約(随意契約)の場合は、競争入札の場合に比べて一般に利益率が高いため発注者の優位性が著しい。

(4) 被告は実質上の発注者の地位にあり、その優越的地位を利用して、工事代金が五億五〇〇〇万円と原告らにとつては巨額な部類に属する工事を、特命工事で原告らに請負わせるという利益誘導をしつつ、本件保証契約については、被告が銀行から融資を受けるのを容易にするための名目だけである等と詐言を用いて締結させたのであり、原告らの右工事によつて受ける利益は一六〇〇万円程であり、この程度の利益を得るために五億五〇〇〇万円もの保証債務を負担させられるとするなら、原告らは、その利益として著しく権衡を失する重大な危険を課せられる反面、被告が不当な利益を確保するものと言わなければならない。

(5) 本件割賦販売契約の主債務者は敬厚病院の経営者であるとされたところ、債権者である被告自身が実質的にはその経営者であるから、債権者と債務者は実質的には同一人に帰し、病院経営にとつて第三者である原告らに保証という形で経営不振の責任を転嫁できないものと言わなければならない。

(6) また、一般に建設業者は、工事を完成すること自体についての保証を工事完成保証又は金銭保証として業者間で日常的に行つているが、この保証は目的の工事が完成したときには消滅するものである。しかし、本件のように建設業者が工事受注に際して、工事を完成させることと関係のない、建設業者以外の者が負担する金銭債務をその者の依頼もないのに保証するということは考えられず、従つて、原告らが本件保証が名目だけであるという被告の詐言を信じたのはむしろ当然である。

(7) 以上の諸点から、本件保証契約は公序良俗に反し無効であると言わなければならない。

(五)(取締役会決議不存在)

(1) 原告らは、いずれも本件保証契約の締結について、取締役会の決議を経なかつた。

(2) 被告は、原告らがいずれも取締役会の決議を経ていないことを知つていた。

(3) 仮に知らなかつたとしても、被告は、金融機関であるにもかかわらず、原告らに対し、本件保証について取締役会議事録を請求する等の確認手続きを一切しなかつたのであるから、知らないことにつき、重過失がある。

(六)(保証期間満了)

本件保証の存続期間は、昭和五四年一二月三一日から昭和五九年一一月三〇日までであり、期間満了している。

3(抗弁4に対する)

(一)(虚偽表示)

原告らと被告は、原告らが、本件債務引受契約を同意するに際し、被告が銀行から融資を受けるのを容易にする目的だけの外形的又は名目的なものであつて、これによつて原告らが被告に対し真実保証債務を負担する意思がないのに、その意思があるもののように仮装することを合意したものであり、無効である。

(二)(詐欺取消)

(1) 被告は、原告らに対し、昭和五五年六月ころ、真実は保証債務を負担させる意思であるのに、本件債務引受契約の同意は、被告が本件請負代金資金を銀行から借入れるのを容易にするための外形又は名目だけであつて、被告は決して保証債務の履行を請求しない旨及び主債務者が変わつてもいつたん判を押せば保証は消えない旨述べて、その旨誤信させて、本件債務引受契約を同意させた。

(2) 原告らは、被告に対し、昭和五八年八月三一日到達の内容証明郵便で本件保証契約を取消す旨の意思表示をした。

(三)(錯誤無効)

原告らの前記二1記載の誤信は要素の錯誤にあたるから、無効である。

(四)(取締役会決議不存在)

(1) 原告らは、いずれも本件債務引受契約の同意について、取締役会の決議を経なかつた。

(2) 被告は、原告らがいずれも取締役会の決議を経ていないことを知つていた。

(3) 仮に知らなかつたとしても、被告は、金融機関であるにもかかわらず、原告らに対し、右同意について取締役会議事録を請求する等の確認手続きを一切しなかつたのであるから、知らないことにつき、重過失がある。

六  再抗弁に対する認否

1 再抗弁1の事実は否認する。

2(一) 同2(一)の事実は否認する。

(二) 同2(二)の事実のうち、(1)は否認し、(2)は認める。

(三) 同2(三)乃至(六)の事実は否認する。

3(一) 同3(一)の事実は否認する。

(二) 同3(二)の事実のうち、(1)は否認し、(2)は認める。

(三) 同3(三)及び(四)の事実は否認する。

七  再々抗弁(再抗弁2(五)及び同3(四)に対する)

仮に取締役会決議がなかつたとしても、原告らは、本件請負契約代金を受領したことにより、追認した。

八  再々抗弁に対する認否

否認する。

(反訴)

一  請求原因

1 前記(本訴)三(本訴抗弁)に同じ。

2 本件割賦販売契約の主債務者たる本田及び松尾は、第一回目の支払期日前の段階で被告に対し、割賦代金を支払えないので、支払を延期し、資金を融資してほしい旨の申し出をしてきたので、被告としても、社会的影響を考えて、主債務者が不渡手形を出すのを避けるべく、割賦代金支払のために手形の決済資金を融資したのであるから、主債務者は、第一回目の支払分から既に支払不能の状態にあつたのであるから、不渡のおそれがあるときに該当し、期限の利益を喪失した。

3 よつて、被告は、原告らに対し、本件保証契約に基づき、各自金五億五〇〇〇万円及びこれに対する期限の利益を喪失した後である昭和五九年一一月二日から支払済みまで約定による日歩五銭の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実については、前記(本訴)四(本訴抗弁に対する認否)に同じ。

2 同2の事実は否認する。

3 同3は争う。

三  抗弁

前記(本訴)五(本訴再抗弁)に同じ(但し、2(六)(保証期間満了)は除く。)。

四  抗弁に対する認否

前記(本訴)六(本訴再抗弁に対する認否)に同じ(但し、前記(本訴)五2(六)に対する認否は除く。)。

五  再抗弁

前記(本訴)七(本訴再々抗弁)に同じ。

六  再抗弁に対する認否

前記(本訴)八(本訴再々抗弁に対する認否)に同じ。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一(本訴について)

一  請求原因について

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁について

1  抗弁1の事実(主債務の成立)について

(一)  〈証拠〉によれば、被告は、動産諸設備のリース、動産・不動産の割賦債権の買取、ファクタリング、保証金・運転資金等の融資等をその営業とする株式会社であり、その一つとして、医療分野においても、病・医院のための土地・建物の長期割賦販売、医療機器のリース、運転資金の融資等を行つていることを認めることができる。

(二)  〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 被告と本田及び松尾との間に、次の事項を内容とする昭和五三年一〇月一三日付不動産割賦販売契約書(乙第三号証)が作成されたこと。

ア 被告は、本田及び松尾の特注に基づき本件建物を建築し、これを売渡す。但し、特注の特殊性に鑑み本件建物の請負契約は本田及び松尾と請負者との間で締結することとする。

イ 所有権移転時期

被告は本件建物が竣工し、請負者から本件建物の引渡しを受けた場合、速やかに中間省略登記の方法により、直接本田及び松尾に対し本件建物の保存登記手続きをする。

ウ 代金 金一二億五四一万二九一二円

エ 支払方法

昭和五四年一二月三一日から昭和六四年一一月三〇日までの一二〇回の割賦払とし、割賦金は、本田及び松尾が共同して振出す約束手形で、本件割賦販売契約締結時に一括して、被告に対し振出し交付する。

オ 期限の利益の喪失

本田及び松尾が振出した右約束手形が不渡りとなつたとき又はそのおそれのあるとき等

カ 遅延損害金

期限の利益を喪失した日から日歩五銭の割合による金員を支払う。

(2) 昭和五三年一〇月一三日、発注者を本田及び松尾、請負人を原告ら、代金支払義務者を被告として、次の約定のもとに、本件請負契約を締結したこと。

ア 工事場所 熊本県上益城郡益城町広崎字松山峠地内

イ 工期 着手 昭和五三年一〇月一五日

完成 昭和五四年五月三一日

ウ 請負代金 金五億五〇〇〇万円

エ 支払義務者である被告は、請求代金を直接原告らに支払うものとする。

(三)  以上によれば、リース業等を営む被告は、本田及び松尾に対して、金銭消費貸借の方法により直接本件建物の建設資金を融資する代わりに、被告が資金を出して本件建物を建設し、これを本田及び松尾に売り渡し、その代金につき長期の割賦弁済を認めるという方法で融資をしようとしたものと認められるのであるから、被告と本田及び松尾との間の不動産割賦販売契約をもつて実体を伴わない仮装のものということを得ず、したがつて、被告は本田及び松尾に対して、右契約に定められた売買代金債権(金一二億五四一万二九一二円の一二〇回払)を有するというべきであり、これによれば、抗弁一の事実(主債務の成立)を認めることができる。

2  抗弁2の事実(本件保証契約の成立)について

〈証拠〉によれば、昭和五三年一二月ころ、本件保証契約が締結されたことを認めることができる。

なお、原告らは、本件保証契約書(甲第一号証)作成については、被告が、原告らに対し、請負代金支払いのための資金を銀行から借入をする必要上、名目上又は形式上協力してほしい旨依頼されたことから、右契約書に押印しただけであり、保証する効果意思を欠如していたのであるから、法的効果は生じない旨主張するが、契約の成立の有無即ち意思表示の合致の有無については、客観的・外形的に判断すべきものであり、外形上保証契約締結の意思表示が認められる以上、心裡留保又は虚偽表示による無効を主張するは格別、内心の効果意思の欠如を理由として契約の成立を否定することはできない。

三  再抗弁について

再抗弁2(抗弁2に対する)の事実について

1  原告らは、本件保証契約は、通謀虚偽表示又は錯誤等により無効である旨あるいは被告の詐欺によるものとして取り消した旨主張するので、この点につき判断する。

2  前記認定した事実並びに〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  被告は、動産諸設備のリース、動産・不動産の割賦債権の買取、ファクタリング、保証金・運転資金等の融資等をその営業とする株式会社であり、その一つとして、医療分野においても、病・医院のための土地・建物の長期割賦販売、医療機器のリース、運転資金の融資等(以下「医家向けリース」という。)を行つており、特に力を入れていること。

(二)  被告は右医家向けリースの営業として、本件以前に熊本県にある菊陽台病院の建設・開設に関与したことがあり、本件以後にも天草厚生病院・玉名慈愛病院の建設・開設に関与したこと。

(三)  被告が、菊陽台病院の建設・開設に関与した際、エース及び永浜が、被告が金融機関から融資を受けるについて協力したことがあつたことから、昭和五二年八月ころ、発案者が誰であつたかはさておき、当時の被告大阪支店長楠田隆志(以下「楠田」という。)、永浜及び当時のエース代表取締役橋本忠雄(以下「橋本忠雄」という。)の間に、被告大阪支店の担当地区である熊本県内に大型病院(後の敬厚病院、以下「敬厚病院」という。)の建設の話が出て、被告が建設資金・運転資金等を全面的に融資し、エースが企画・立案をし、永浜が、被告から融資を受けて敬厚病院の建設・開設・経営をする医師を探し出し、同病院の職員、敷地の手配等をすることにより、敬厚病院を開設するという計画ができたこと。

なお、被告がする融資方法は、被告から融資を受けて病院を経営する医師が被告宛に手形を振出し、それに被告が裏書をして、被告が金融機関から融資を受け、その金を、右医師に融資するという形をとることになつていたこと。

(四)  同年九月ころ、楠田と懇意にしていた昭和リースの松浦(以下「松浦」という。)が、楠田から敬厚病院建設計画の話を聞き、原告和久田建設代表取締役和久田昭三(以下「和久田」という。)をエースの楠本忠雄に紹介し、一〇月ころまでに、請負代金は被告が支払うという形での敬厚病院請負工事の受注を原告和久田建設がすることに概ね決まつたこと。

(五)  同年一〇月ころまでに、永浜が、被告から融資を受け敬厚病院を経営する医師として高野治定(以下「高野」という。)を探し出してきたこと。

(六)  同年一〇月ころ、大阪市内にある料理屋で、楠田、橋本忠雄、永浜、和久田、松浦らが同席して、会合がもたれ、その席上、楠田が、和久田に対し、被告は本社が仙台にあり、社長は徳陽相互銀行の出身であり、大阪に支店を出して間もなく規模も小さいが、銀行の子会社みたいなものだから、普通の銀行と同じように考えてもらえばよい、エースは、被告と提携しており、敬厚病院の件に関してはエースの橋本忠雄に任せてあるから同人と打ち合わせてやつてもらいたい、原告和久田建設に敬厚病院の建設を受注してもらいたいが、それについては被告の資金作りのために被告が金融機関から融資を受ける関係で、本件建物の請負代金相当分約六億円について、期間五年の保証をしてもらいたい旨の話があり、これに対して、和久田が、仮に五年のうちに病院の経営がおかしくなつたらどうなるのかと質問したのに対し、楠田は、被告が病院の運転資金や経営の責任を一切みるから病院がおかしくなることはない旨返答したので、和久田は、保証といつても実際に被告から請求を受けることはないものと信じ、敬厚病院の建設を受注すること及び請負代金相当額について保証することを一応了承したこと。

(七)  その席上、永浜は、同人が以前別件で原告橋本建設に迷惑をかけたことがあることから、和久田に対し、受注に関しては、原告和久田建設と原告橋本建設とのジョイントでやつてもらいたい旨依頼したこと。

(八)  同五三年三月ないし四月ころ、永浜が、原告橋本建設に対し、発注者は医師高野、代金は被告が支払い、原告和久田建設とのジョイントという形での敬厚病院建設の受注を依頼したこと。

(九)  同年四月ころ、永浜が、敬厚病院の敷地として、上益城郡益城町広崎字松山峠地内の土地他を探し出し、右土地を、高野が被告宛に振出した手形で、被告が金融機関から融資を受けて買収し、同月二五日高野名義で所有権移転登記手続をしたこと。

(一〇)  同年五月ころ、高野が、敬厚病院の院長になること即ち被告から融資を受けることを辞退したこと及びそれにもかかわらず敬厚病院建設の計画は何ら中断することなく、永浜が後任の病院長即ち融資対象者を探し出すということで続行維持されたこと。

(一一)  同年五月ころ、エースは、熊本に営業所を置き、その所長に橋本忠雄がなつて、敬厚病院の計画を推進していつたこと。

(一二)  そのころ、永浜は、エースの取締役に就任したこと。

(一三)  同年六月ころまでに、永浜及びエースの橋本忠雄から、原告橋本建設代表取締役橋本建固(以下「橋本建固」という。)に対し、敬厚病院建設の受注するについては被告が金融機関から右資金の融資を受けるため、形式的に請負代金相当額につき期間五年の保証をしてほしい旨を依頼したところ、橋本建固は、同人の祖父が昔保証人となり財産をなくしたことがあり、父から絶対保証人になつてはいけないと言われていたことから、永浜らに対し、工事完成保証はよいが、それ以外の保証はできないと返事したが、永浜が、被告は絶対原告橋本建設に迷惑はかけないといつたこと、ある時永浜が原告橋本建設事務所で、橋本建固の目の前で、矢萩に電話をして、保証の趣旨は金融機関に対する形式的なものであるとの確認をしたこと及び原告和久田建設はかような趣旨の保証をすることにつき承諾していると岡村から聞いたことから、一応原告橋本建設としても保証することを承諾したこと。

(一四)  同年六月、被告大阪支店長が、楠田から、矢萩に交代となり、矢萩が、原告らに挨拶のため、熊本を訪れ、熊本キャッスルホテルの裏にある料理屋「志げ」で、矢萩、被告社員星主任、橋本忠雄、永浜、和久田、原告和久田建設熊本支店長岡村、橋本建固らが会食し、その席上、矢萩は、これまで楠田が原告らに約束してきたことは今後も守つていく、敬厚病院の建設を原告らでやつてほしい、これについての保証も以前と同様であるとの話があつたこと、その際、橋本建固が、被告大阪支店長矢萩に会うのがはじめてであつたことから、矢萩に対し、請負工事のこと及びそれに伴う保証の趣旨につき確認を求めたところ、矢萩は、請負工事代金は五億五〇〇〇万円であり被告がこれを支払う、被告が金融機関から融資を受けるため、原告らに名目的だけであるが、請負代金相当額につき保証してもらう、被告が責任をもつて病院の資金繰りをするとの回答があつたこと。

(一五)  同年一〇月ころ、高野の後任に、永浜が探してきた本田及び松尾がなることとなり、そのころ、被告、エース、原告ら、本田及び松尾は、被告から本田及び松尾に対する融資方法については、本田及び松尾が発注者となり、被告が代金支払義務者となつて、原告らに本件建物の建設を請負わせ、まず被告が、本田及び松尾が被告宛に振出した手形で金融機関から融資を受け、その金員で直接原告らに請負代金を支払い、被告が原告らに対し支払つた請負代金総額金五億五〇〇〇万円に利息を加えた合計金一二億五四一万二九一二円を売主被告、買主本田及び松尾、分割回数を一二〇回とする、本件建物の割賦販売代金として本田及び松尾が被告に対して支払うという形式をとり、被告の金融機関からの借入についての原告らの保証の方法については、原告らが、被告に対し、本田及び松尾の被告に対する割賦代金債務のうち請負代金相当額の金五億五〇〇〇万円につき連帯保証するという形式をとることを概ね合意したこと。

(一六)  右合意に基づき、同年一〇月一三日ころ、発注者本田及び松尾、代金支払義務者被告、請負人原告らとする本件建物請負契約が締結され、同日ころ、売主を被告、買主を本田及び松尾とする本件建物割賦販売契約が締結されたこと。

(一七)  同年一二月ころ、エースの橋本忠雄は、前記の合意に基づき、既に条項(本件建物割賦販売契約に基づく本田及び松尾の割賦代金債務のうち請負代金額に相当する金五億五〇〇〇万円につき、原告らが連帯保証する旨の文言及び連帯保証人欄の原告らの記名を含む。)がタイプされている本件保証契約書(甲第一号証)を持参して原告橋本建設方を訪ね、橋本建固に対し、本件契約書の連帯保証人原告橋本建設と記名されている欄に押印するよう求めたが、同人はその時は、保証の趣旨を再度永浜に確かめたいと考えて押印を拒否したこと、それから二、三日して永浜が右契約書を持つてきたので、その時に橋本建固自身が矢萩に電話して、本田及び松尾の被告に対する割賦代金債務を保証することの趣旨は被告が金融機関から融資を受けるための形式的なものであることの確認をしたうえで、本件保証書に押印したこと、その際押した印鑑は実印ではなく認め印であつたこと。

(一八)  そのころ、エースの橋本忠雄は原告和久田建設熊本支店にも本件保証契約書をもつて訪れ、岡村に対し、連帯保証人原告和久田建設と記名してある欄に押印を求めたのに対し、岡村は、事前に和久田から、原告橋本建設と打ち合わせをしながら処理するように言われていたことから、原告橋本建設と連絡をとり、橋本建固が再度矢萩に電話をして保証の趣旨が金融機関に対する形式的なものである旨の確認をとつたということを確かめたうえ、押印したこと、その際橋本忠雄は、これは形式的なものだから実印ではなく認め印で結構であると言つたので、岡村は実印ではなく認め印で押印したこと。

(一九)  敬厚病院は、同年八月八日に開業し、それ以後も、被告が、右病院の運転資金や本田及び松尾が振出した手形の決済資金を融資し続けたこと。

(二〇)  同五五年六月ころ、被告から、本田及び松尾に対し、同人らの振出した手形では担保価値がなくなつたから病院の経営者のもつと力のある人物と交代してもらう旨の申し入れがあり、それに従い志田が病院長となり、本田及び松尾が被告に対し負つていた本件建物割賦販売代金債務を免責的に引受け、被告がこれを承諾したこと。

(二一)  その後、同五九年三月二八日、敬厚病院は、医療法人邦正会となつたが、その際被告社員内田和朋が理事として入り、病院の経理の一切をみることになつたこと。

3  右事実によれば、原告らと被告との間の本件保証契約は単なる名目的なものであつて、被告において原告らにその履行を求めることは予定されていないものというべきである。

一般的には、保証契約書に保証人として署名押印した以上それが名目的なものであつて真実は保証する意思はなかつたとの主張は成り立ち難いものではある。

しかし、本件の場合、前認定のとおり、被告の大阪支店長である楠田は、敬厚病院の運転資金や経営については被告が一切の責任をもつて行うので病院経営が行き詰まることはない旨説明しており、事実、被告において敬厚病院の運転資金や本田及び松尾が振り出した手形の決済資金を融資し続けており、また、昭和五九年三月二八日に敬厚病院が医療法人邦正会となつた際には被告の従業員である内田和朋が理事に就任して経理の一切を担当することになつたことに照らせば、被告は単なる病院建設資金の融資者にとどまらず、実質的には病院の経営者ともいうべきものであつて、かかる被告が、病院経営のいきづまりから生ずる危険を、病院の雇われ経営者ともいうべき本田及び松尾の被告に対する売買代金債務について連帯保証をさせることによつて病院用の建物の建築を請け負つたにすぎない原告らに転嫁するということについて合理性を見出すことは困難であり、真に保証債務の履行を求める意図で原告らに保証人となることを要求したとすれば、原告らにその合理性を説明することは困難であつて、原告らが容易にこれに応じたとは思われない。

また〈証拠〉によれば、本件保証契約締結当時の原告らの経営規模は、原告和久田建設が、年間売上高二七億円程度、原告橋本建設が、同一一億円程度であることが認められ、経験則上、請負業者が受ける利益率はせいぜい工事代金の数パーセントであり、この程度の規模の会社が、たとえ工事の受注をとり請負代金の数パーセントの利益を得るためとはいえ、五億五〇〇〇万円もの保証をするというリスクを負担するのは、主たる債務者との間に特別の信頼関係がある場合など特段の事由がある場合に限られるものであり、本件の場合原告らは本田及び松尾とは面識はなく、かような意味での特段の事由が存したとは到底認められない。

以上によれば、本件保証契約は被告が銀行から融資を受けやすくするための名目的なものであつて原告らにその履行を求めることはしないとの説明を受けこれを信じて署名押印した旨の原告ら各代表者の供述は充分信用性があるというべきである。

〈証拠〉中には、本件保証契約を締結するにつき、名目的なもので履行を求めることはしない、などと言つたことはない旨の供述が存するが、右供述は前掲各証拠に照らし措信できない。

また〈証拠〉によれば、昭和五四年一〇月二九日受付で原告らのために、敬厚病院敷地及び本件建物につき被告が本田及び松尾に対して有している根抵当権及び所有権移転請求権の各移転請求権仮登記がつけられていることが認められるが、〈証拠〉によれば、この仮登記も銀行に対する信用をつける趣旨で被告のイニシヤチブでつけられたものであり、原告らにおいて保証債務を履行する事態の生ずることを予想して登記をしたものではないことが認められるのであるから、この事実は、直ちに前記認定の妨げにはならない。

4  以上によれば、再抗弁2一(虚偽表示無効の主張)の事実が認められる。

四  よつて、原告らの本訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がある。

第二(反訴について)

前記第一(本訴について)の判断をしたように、原告らの被告に対する抗弁(虚偽表示無効の主張)の事実が認められるから、被告の反訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないから失当である。

第三結論

以上のとおりであるから、原告らの本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、被告の反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九三条をして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官荒井眞治 裁判官蜂須賀太郎 裁判官佐藤修市は転補につき署名押印ができない。裁判長裁判官荒井眞治)

別紙物件目録

所在 熊本県上益城郡益城町広崎字松山峠一四四五番地一七、同一四四五番地一五、同一四四五番地一六、同一四四五番地

家屋番号 一四四五番一七

種類 鉄筋コンクリート造陸屋根四階建床面積

一階 1307.46平方メートル

二階 1271.30平方メートル

三階 793.66平方メートル

四階 56.05平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例